フレイルと心拍変動:自律神経の視点から見る高齢者の健康

【はじめに】

高齢化が進む現代社会において、高齢者の健康問題は重要なテーマです。その中でも、身体的および精神的な衰えを示す「フレイル(虚弱)」や、心拍変動(HRV:Heart Rate Variability)および変時反応(Chronotropic Response)に注目が集まっています。特に、自律神経の機能低下がこれらの問題と密接に関わっていることがわかっています。
本記事では、フレイルと心拍変動、そして変時反応について、自律神経の視点から解説します。

【心拍変動とは】

心拍変動は、心拍間の時間間隔(RR間隔)の変動を指します。これは自律神経系、特に交感神経と副交感神経のバランスを反映する重要な指標です。高齢者では、交感神経と副交感神経の両方が低下します。心拍変動の重要な構成要素に呼吸性洞性不整脈(RSA)があり、心周期の呼吸性変動として知られています。呼吸性洞性不整脈は、肺胞が膨張する吸気時に心拍数を増加させ、肺胞が収縮する呼気時に心拍数を減少させます。そのため、心拍変動は呼吸と循環の相互作用の表れと理解しておく必要があります。

心拍変動は、若年成人と中年成人では高齢者よりも高く、加齢の影響があることがわかっています。この心拍変動の減少は心血管疾患のリスク増加とも関連しており、高齢者の身体機能の評価指標として重要です。

また、注目すべきは、高齢者では若年者に比べて副交感神経の活性化が低いことが示されていることです。心拍数と心筋が予想される強度で反応しない場合でも、交感神経活動が増加しています。つまり、副交感神経活動の増大が高齢者には必要と言うことになります。

【変時反応とは】

変時反応とは、運動に対する心拍数の応答を示すものです。運動時には代謝要求に対応した心拍出量が必要となるため、心拍数は増加します。また、運動後には心拍数がベースラインに回復します。この反応が低下した状態を変時不全と言います(Chronotropic Incompetence)。この変時不全は死亡率や心血管疾患のリスクを予測できることが示されています。高齢者では、運動時などに心拍数の応答が悪く、十分に心拍数が増加しなくなり、心拍出量と代謝要求の不一致が生じます。

【フレイルと変時反応、心拍変動の関係】

フレイル者では、運動時の心拍応答が低下し、運動に伴い素早く心拍数を増やすことができず、他方で運動後の回復が安静時のベースラインに戻りにくいことが示されています。フレイルでは、変時不全がありますので、6分間歩行テストなどの身体機能のテストでは、最大心拍数だけでなく、心拍応答の速さ(時間)も評価する必要があります(図を参照)。

また、フレイルと心拍変動の低下が関連していることが示されています。そのため、心拍変動は高齢者の身体機能の評価の一つとして、さらには身体機能低下の可能性が高い人の特定に役立つ可能性があります。

他方で、身体機能だけでなく心拍変動の低下と認知障害には関連があると報告されています。これは脳灌流の調節不全によって引き起こされる自律神経機能障害であると考えられます。そのため、心拍変動は、高齢者の認知障害の評価指標となり得る可能性があります。

【高齢者のフレイル予防と自律神経活動のトレーニング】

フレイルは高齢者の重要な健康問題であり、心拍変動をモニターすることは、フレイル対策として有効と考えられます。

当研究所では、ヒトの運動には統合された生理機能が重要であり、自律神経を含めた研究活動を行っています。トレーニングでは、ウォーキングを使った低負荷インターバルトレーニング(Low-Intensity Interval Training)などの交互運動にも着目しています。

【参考文献】

1)Lauer MS, Okin PM, Larson MG, Evans JC, Levy D.: Impaired heart rate response to graded exercise: prognostic implications of chronotropic incompetence in the Framingham Heart Study.  Circulation. 93:1520-1526, 1996.

2)Arantes FS, Rosa Oliveira V, Leão AKM, Afonso JPR, Fonseca AL, Fonseca DRP, Mello DACPG, Costa IP, Oliveira LVF, da Palma RK.: Heart rate variability: biomarker of frailty in older adults?. Front Med (Lausanne) 14; 9: 1008970, 2022.

3)Álvarez-Millán L, Lerma C, Castillo-Castillo D, Quispe-Siccha RM, Pérez-Pacheco A, Rivera-Sánchez J.: Fossion R.Chronotropic Response and Heart Rate Variability before and after a 160 m Walking Test in Young, Middle-Aged, Frail, and Non-Frail Older Adults. Int J Environ Res Public Health 19(14): 8413, 2022.

4)菅原仁:フレイル(虚弱)を予防するための運動処方.湘南健康長寿研究会誌 6:16-23, 2024.